墨流し制作記録シリーズ
濾過の目処が立ち、水路を500mm×1000mmに広げることにした。水と墨が広がる場所としては、このくらい欲しかった。
ただ、幅を広げれば必要な水も増える。今度はポンプも配管も排水も、だいたい全部足りなくなった。
水が足りない
幅500mmに水深2〜3mmくらいの水を流したい。墨が途中で溜まらない流れを、その幅いっぱいに作る必要がある。
ポンプやモーターは初期からいろいろ試していた。電圧やフィルターを変え、一定時間で出た水の量を測って1時間あたりの流量に直す。30L/hくらいから90L/hくらいまで、組み合わせによってかなり違った。一定量を出すのに何秒かかるかを測ることもある。数字を並べておかないと、どの条件がよかったのか自分でもわからなくなる。
そのときの測定メモ。「ちゃんと平均になった」なんて走り書きも、そのまま残っている。
制作当時の水量メモ。記載は当時のままなので、換算の間違いも残っている。R385・10Vの「460ml / 20sec」は、計算すると82.8L/h。
最終的にはポンプ2基で、実測160L/h程度まで増やした。浴槽の大きさにもよるけど、1時間でお風呂およそ一杯分の水を循環させる計算だ。そう考えると結構な量だ。
これならいけるだろう。
ところが、装置につなぐと期待したほど水が出ない。単体で測った数字の通りにはいかないのか。水が届くまでの経路も見直すことになった。
流量を測るのに使った計量容器。
ポンプだけ強くしてもダメだった
原因のひとつはチューブの細さだった。ポンプから出た水は、チューブや継手、フィルターを通ってようやく水路へ届く。途中が細ければ、ポンプの能力を上げても思ったようには流れない。
給水側の径を太くすると、水が出るようになった。よし、これで流せる。
と思ったら、今度は反対側だった。
排水が追いつかない。
継手の穴の寸法を確認。
入れた分だけ、出さないといけない
最初に使っていた排水の径は6mm程度。増やした水量をさばけず、水路に溜まって水深が増える。せっかく送り込めたのに、今度は墨が水中に残って濁ってしまう。
出口で墨が戻らないように、目の粗い水槽用フィルターを置く案も考えた。ここで欲しいのは水をきれいにする濾過ではなく、水路の終わりまで来た墨を外へ出す工夫だった。
結局、給水に合わせて排水側の径も大きくした。ポンプから出口までつないだ状態で、どれだけ流れるかを見ないといけなかった。
給排水と濾過の配管を組んでいるところ。
部品を作って、ケースも合わせる
水回りの既製品を探しても、今回やりたいことに都合のいい部品はない。それなら自分で作るしかない。CADで設計して、3Dプリンタで部品を作っていった。部品の径が合うかだけでなく、今回の水路にどう取り付けるかまで考える必要があった。
アクリルケースもその部品に合わせて作る。取り付ける穴の大きさや位置を決め、加工の指定を図面にしていく。
アクリルケースの製作図面。2025年10月7日。
墨が漏れないかも確かめる
水が流れるかを見て、排水が追いつくかを見て、今度は墨を入れた容器や接続部分から漏れないかを見る。模様を作るまでに、こういう地味な確認がいくつもある。ようやくつながったと思っても、まだ見るところが残っている。
シンクで墨のリークチェック。
水路と配管をつないで、ようやく水を流し始めた。それぞれに手を動かしてきたものが、全体としてつながってきたところ。
通水を始めた頃。
500mmにしたら、均等には流れない
水量と排水を確保しても、幅500mmに均等に流れるわけではなかった。傾きやアクリル表面の状態、給水位置からの距離で流れ方が変わり、弱い場所には墨が残る。
ただ、流れを全部同じにしたいわけでもない。初期のメモには「隅のタユタウ姿がみれそう」と書いていた。見たかったのは、墨がたゆたう姿だった。一方で、水路を広げすぎると流れが弱まり、墨が滞る場所もできる。
逆に排水が速すぎると、墨がただの一本の線にまとまってしまう。流せばいいというものでもない。
墨がたゆたう様子は見たい。でも、止まって溜まり続けるのは困る。
流れの差を残しながら、墨が溜まらず、模様も広がる加減を探して調整した。
川に見立てるために、石を拾う
制作の初めに、墨流しは昔の貴族が川に墨を落とし、模様の変化を楽しんだのが始まりという説を知った。この水路を川に見立てたい気持ちは、その頃からあった。
制作も終盤になって、石を置いたらもっと川っぽくなりそう、と思った。
雨の降る夜にバイクで二子玉川あたりの多摩川へ。夜な夜な河原で石を拾っていた。水を流す装置の材料を探しに、本物の川まで来ていた。
拾ったのは15個くらい。まとめると結構重い。その石を持ち帰って水路に並べた。
上から強い光を当てる
水面には強めの光を当てた方がよかったので、上部にLEDテープを取り付けた。ケーブルを通すためにアルミフレームにも穴を開ける。照明を付けるにも、また加工が必要だった。
全部は解決していない
最終的に展示できるところまでは持っていけた。ただ、墨は今でも沈むし、長く動かせば底に残る。フィルターや水流の状態も変わり、模様のコントラストが落ちることもある。
沈む墨はなるべく沈む前に流し、流れの弱い場所も止まらないところまで調整する。濾過した水も、戻したときに次の模様が見えるかを確かめる。全部をなくせなくても、見せたい現象が続く条件を探していった。
偶然に任せたいからこそ、給排水はちゃんと働いてほしい。やっていたのは、偶然が起き続ける条件を整えることだったんだと思う。
水路とアーム、下部のタンクを組み込んだ装置。
アームの制御とカメラの映像配信は、第4回でまとめる。
作って、確かめる
見せたいものやコンセプトの軸は、ある程度決まっていた。でも、動き続ける装置にする方法は作って確かめないとわからない。墨や流体に詳しくなかったし、水処理なんてもちろん知らなかった。
制作途中の作業場。
IE3の標語は「Make it first」。作ると次に調べることが出てくる。調べたら、また作る。今回はその繰り返しだった。
物理はいい
今は仕事でコードを書くことが多いけど、もともとの入り口はデザインだった。そこから動くものや、触れると反応が返ってくるインタラクティブなものが面白くなって、動画を作ったりしながらウェブへと進んできた。
ここ15年くらいは、興味の軸が「体験」に移ってきた。コードも書けるし、部品を作って物理の仕組みも組める。作りたい体験に合わせて、その両方を使えるのが楽しい。
今回もコードでアームを動かしながら、部品を作り、水を流して墨の動きを確かめる。思いどおりにはいかないけど、これまでやってきたことが一緒になって、目の前で動いている。
こういうものを作れるのは、やっぱり楽しい。
やはり物理はいい。